オードリーの「帰ってきた天沼パトロール

 
3.楽屋

『箱根キサラ』
というのが、ライブハウスの名前だった。子泣きジジイとサギ師と底辺と一緒に、相馬たかしもやってきた。
温泉街のはずれ。どうやら廃業したホテルを改造した建物のようだ。
地下に薄暗い階段が延びている。その階段を覗きこんで、相馬はつぶやく。
「へえ〜、箱根にもこんな場所があったんだ」
「ここは、箱根の音楽シーンをリードしてきた場所なんだゼ」
とサギ師は自慢する。
(温泉地・箱根に「音楽シーン」なんてものがあるんだろうか?)
と相馬は、ぼんやり思った。
「この場所から、多くのアーチストが巣立っていったんだ」
と子泣きジジイが解説する。
「ほう。どんな?」
「たとえば、元鳶職のバラードシンガート・トビタケシ、アイドル歌手・アーイ秀樹、
ギター一本弾き語りのテロリン、病弱な歌姫・もなみ、民謡歌手・あかがね、
ブリッジマウンテン、サボテンラッシュ……」
どれもこれも聞いたことのない名前ばかりだ。こんな連中ならば、
むしろ巣立たせない方がよかったんじゃないか…とも思える。

階段を下りると、狭い楽屋だった。
壁のあちこちに、出演したバンドの落書きやサインが書きなぐられている。
スナップ写真やフライヤーも貼られている。いかにもライブハウスの楽屋だ。それを眺めていた相馬たかしは、
「うん、これは?」
と、フライヤーの一枚に目をとめた。そこには子泣きジジイ・サギ師・底辺の三人が楽器を持って写っており、
バンド名が書かれていた。『ザ・ナイスミドルズ』
底辺が自慢げに言う。
「どう、カッコいいだろ? 俺たちのバンド名なんだ」
(駄目だこりゃ)
と相馬は、いかりや長介のように思った。
「こんなセンスない名前をつけるようじゃ、君たちは一生売れない。
ちょっと期待した私が莫迦だったよ。これで失礼する」
相馬は帰ろうとした。
その時、
「待ちなさい!」
と女の声がした。
「音も聞かないで、バンドのことがわかるの?」
次の瞬間、相馬の目の前にすらりとした美しい脚が伸び、行く手を遮った。
「!?」
深紅のチャイナ・ドレスから白い脚を見せる妖艶な美女が、にっこり微笑んだ。
「…だ、誰だ?」


(まだまだ続く)

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箱根コナキンズ物語