1.伝説 伝説が…始まろうとしていた。 しかし、この伝説の登場人物たちは、まだその運命が動き始めたことを知らない。 * 冬の箱根は寒い。だが、思ったほどでないのは、温泉地特有の地熱のようなものを底に秘めているせいかもしれなかった。 「懐かしいな。温泉に来るのはいつ以来だろう…」 箱根に降り立った相馬たかしは、ぐるりと周囲を見回した。 「…子どもの頃、家族で来て以来かもしれない」 その思い出が、この土地を暖かく感じた本当の理由だったかもしれない。 相馬たかしは、イギリスで買ったコートの襟を立てた。その下にはイギリスで仕立てた三つ揃えスーツを着込み、 イギリスで買ったドレスシャツを着、さらにその下にはイギリスのユニクロで買ったヒートテックを着込んでいる。 相馬は、イギリス・オックスフォード大学での2年間の留学を終え、帰国したばかりだった。留学の疲れを癒すため、 久しぶりに日本の温泉に来てみたくなったのだ。 相馬は、まだ泊まるべき旅館を決めてなかった。 「さて、どこにしょうか…」 選びながら温泉街を歩いていると、目の前の旅館から、三人の男たちがゾロゾロ出てきた。 「デヘ、デヘ、デヘ…でさぁ、俺がそのオンナの家に行ったわけよ」 「うひゃ、いいッスねえ」 「で、で、その家のトイレは?」 見るからに品のない(そして金もなさそうな)男たちであった。一人はスキンヘッド。一人はアフロヘア。 そしてもう一人は、なぜか首にトイレの便座のような巨大なアクセサリーをぶら下げていた。 普通ならば、道ですれ違った時、けっして目を合わせてはいけない連中である。しかし、相馬たかしは、 「ふむ。面白い」 と立ち止った。と、三人の男たちとぶつかる形になった。 「あん?」 「おん?」 「うん?」 「やあ、君たち。面白いねえ」 「面白いィ〜?」 視線どころか体がぶつかり、言葉もぶつかってしまった。 いま、大きな運命の歯車が回り始めたのである。 (続く) 青銅先生に励ましのお便りを出そう! https://twitter.com/#!/saysaydodo 青銅先生の本(電子書籍を含む)を買おう! http://www.asahi-net.or.jp/~MV5S-FJI/ |